子供の頃の話

RSの妄想捏造文
記憶の湖クリア後
雪と1号が夜釣りをしながら昔話をしています
仲睦まじい雰囲気です

過去の話や各種設定は想像による捏造が多分に含まれますのでご注意ください

これを書き始めたは去年で、ようやく形にすることが出来ました

たたんだ先に本文があります

 追記 改訂して同人誌に再録しました。変更点は殆どありません。
     再録先→『30時間』内、『地球のとある森』 webで閲覧できるpdfがあります。

 ◇

 ある夜のキャンプにて。
 戦闘パーティーと控えのメンバー揃って、ダンジョン外の森を移動中のことだった。敵襲の恐れがあまり無い地域で、日暮前に準備を始めて大勢で夕食をとった。使い終わった調理器具と食器類が山になる。近くの小さな湖にまとめて洗いに行くことになった。
 有事に備えて、基本的に一人でテントから離れて行動しないよう仲間達の間で決めている。
 この晩は雪と1号の二人が担当することになった。
 既に陽は沈んでいた。大きなカゴとバケツに食器を入れて、ランタンを手に夜道を歩く。月の無い空は、薄曇りで星もあまり見えない。キャンプから離れて焚火の灯が届かなくなると、周りじゅうが真っ暗になった。
「暗いな……」
 雪は前方を照らしたが、小さな光は周囲の闇をより一層深くさせた。
 水場に辿り着くとすぐに作業に取り掛かった。
 いつものことながら結構な量があったが、二人掛かりで、雑談なども交えて手を動かしていると、あまり時間の経過が気になることなく片付いていった。
 今日はどれだけ歩いたとか、収穫があった、晩飯うまかったな、などと他愛のない話をしながら、食器を拭いていく。
 やがてきれいになった食器でカゴが満たされ、二人は気分良く作業を終わらせた。
 布巾を絞る雪の横で、1号は腰に括り付けてきた細長い袋の口を解き、中に手を差し入れる。ごそごそとあさって取り出した釣竿二本の内、片方を雪に差し出した。
「雪、釣りをしていかないか?」
「なーんか腰に引っ掛けて来てると思ったら竿だったか。……夜釣りか、悪くないな」
「バケツもあるし、皿洗いで魚が寄ってきてる」
 足元近くの湖面から、餌を求めて集まった魚たちの背びれが覗いていた。
「まぁいいけど、戻るのがあんまり遅くならない方がいいんじゃねえか?」
「そうだな、竿が折れるか適当な時間までにしよう、今日持ってきたのはこれだから」
 1号が少し高い位置に上げて見せたのは六尺のマーザン竿だった。アタリは多いが、折れやすい。
「なるほど。いいぜ、それで行こう」
 雪は竿を受け取り、二人並んで腰を下ろす。
 灯りは釣りの邪魔にならぬよう、手元がなんとか見える程度にして、水面から遠ざけて置いた。
 針に餌を付ける。
 湖に向けて竿を軽く振ると、キリリリ……と糸が引き出される音が鳴る。
 針と餌がポチャンと水に沈んで音が止む。暫し待つ。
 手元で引きを感じたら相手(魚)の動きを窺いながらリールを巻く。
 同じ作業の繰り返しだが楽しい。
 二人交互に、或いは近いタイミングで糸と魚の撥ねる水音を鳴らす。
 雪はいくつかアタリがあった。
 「きたきたっ……!」 「あ、バレた! チクショウ」 「よし、一匹目!」 「また食い逃げかよ!」 そんなふうにちょこちょこと呟きながら楽しんでいた。
 何匹目かに独特な引きがきた。フワフワと上下しつつ、ポン……ポン……と軽く跳ねるような動きが雪の手に伝わる。
「この動きはもしかして……あれなんじゃねえか……!!」
 期待を膨らませ、弾む動きに合わせて少しずつリールを巻いていくと、水面から鮮やかな青のチュルホロが姿を現した。
「おわっ! こんなところでかかると思わなかったぜ」
「やったな、雪」
「ああ、やっぱり釣りは楽しいな」
 笑顔で応えたのも束の間、次に糸を垂らして強い引きがきたと思ったら、あっさりと竿が折れてしまった。
「あーあ、もうお終いか。……かまわねえからおまえはのんびり釣ってろよ」
「ああ……」
 1号も既に何匹か小魚を釣り上げていた。雪とは対称的にあまりしゃべらずに淡々と釣っていたが、やがてぽつりぽつりと喋り出した。
「雪……」
「ん?」
「少し前に……ルインとピアーの子供の頃の話を聞いたんだ」
「なんだよ突然に」
 1号の竿がツンツン……と引かれる。視線を水面の糸に集中させて、リールを巻きながら会話を続けた。
「lukaの話もだいぶ前に聞いた。ベガのことも少しだけど、雪と一緒に聞いたよな。それで雪の話も聞いてみたいと思ったんだ」
 座ってぼんやりと湖を見ていた雪は、上半身を後ろに倒して仰向けに寝転んだ。両手を組んで頭の下に敷く。
「ふぅん……今日に限って釣りに誘ったのは話をしようってことか」
「そんなところだ。釣りが楽しいというのもあるけどな……っと、釣れた」
「それは認める、釣りは良い。……にしてもな、おまえが他人(ひと)の子供の頃の話なんか聞いて、その……楽しいのかよ? 自分の過去を思い出したりは……」
 そこまで言って雪は口を噤む。
 1号は釣れた魚を針から外し、バケツに入れて雪の方へ振り返る。
「オレから聞いたんだ、気にしなくていい」
 雪も顔だけを1号の方へ向ける。
「話を聞くのは楽しい。知り合う前のことを少しずつ知ることが出来る。驚くような話も多いしな」
「そっか…………。確かにな、今集まってる奴らの人生、色々だよなぁ」
 1号は次の餌を針につける。
「でも俺の子供の頃は、おまえ見てたから知ってるだろう」
「研究所ではな。それ以外は知らない」
 竿を湖に向けて振る。
「う……俺だっておまえの全部は知らねえよ、第一おまえはいつまでが子供の頃だったんだか」
「それは自分でもよくわからない……今はオレのことはいい。とにかく知らないことも多そうだから、雪の話を聞かせてくれ」
「子供の頃っつってもなぁ……何を話せばいいんだか……つまんねえ話や恥ずかしい思い出なんかわざわざ話したくねえし」
「う……ん、例えば……蛇のことは? 好きだって言ってたけれど、いつ頃からのことなんだ?」
 雪はパッと目を輝かせる。
「蛇はけっこう小さい時から好きだぜ! なんで知ったんだったかなぁ、物心ついた時には夢中でさ、動物園に連れていかれた時も蛇の前に張り付いてたもんだ」
「飼い始めたのは?」
「ペットショップに蛇がいることを知ってな、飼えるんだってわかってから……父さんに買ってもらったのは学校に上がる前だったか後だったか、そんな頃だ。本当にかわいいんだ。家に置いてきたカピとバラ……元気にしてるといいな……」
「そうだといいな。学校はどうだった?」
「ああそれなら、普通に通ってたな。どっちかっていうと勉強より運動が好きだった」
 1号は相槌を打って続きを促す。
「成績はまぁまぁか、当然兄さんみたいには行かなかったけど、運動だけは兄さんより得意な唯一の科目だった」
「学校が終わってからはどうしてた?」
「放課後か? えーっと……本当に小さい頃は周りのガキたちと走り回って遊んで、もう少し大きくなってからは運動部で打ち込んでたこともあったけど……基本的に終わったら研究所にダッシュだ」
 雪が次第に話に意識を集中させて行く中、1号は手を休める事なく釣りを続けていた。時折雪へ顔を向けて頷き、言葉を掛ける。
「夕方や夜にいることが多かったな。そういうことか」
「そうそう、日中に顔を出してたのは休日ぐらいか。俺は毎日朝から行きたかったけど、兄さんも父さんも学校はちゃんと行けって厳しかった」
「雪は研究員じゃないのに、そんなに入り浸っていたのはシキの」
 1号が言い切る前に雪は言葉を被せた。
「兄さんの傍にいたかったから……」
 夜空を見上げて言葉を途切らせる。
 沈黙は1号がリールを巻く音によって破られた。
「兄さんはさ、俺の育ての親だったから」
「雪の父さんと母さんは?」
「兄さん以上に忙しかったぜ。周りじゅうからひっぱりだこだし、本人たちも研究第一って感じでさ……兄さんもそういうところがあったし、血筋だよなぁ」
「昔、まだ小さい雪を見た時はシキと一緒のことが多かったな。たまに一人で水槽の前にいることもあったような気がするが」
「ああ、一人であんまりうろつくと叱られたしな、他の怪生物や研究室を見ようってうろうろしてると捕まって兄さんのとこに戻される。だから兄さんと一緒。兄さんが用事で出る時は行き先全部に着いて行ける訳じゃないから一人で留守番。一人でしょうがなくてさ、おまえのことも見てた…………なんだかなー、結局研究所の話ばっかりじゃねえか」
「構わない。知らないこともあって楽しい。続けてくれ」
「……俺の記憶って研究所のことが多いんだよな、特に小さい頃は。そうだ、おまえを初めて見た時のこと、覚えてるぜ。あの頃はまだ何にもわかってなくてさ、人間だと思ってたから、水の中なのに息が出来るのかって兄さんに聞いちまった」
 1号は竿を手に、微かな笑みを浮かべる。
「雪の話はシキのことばっかりだ、とても楽しそうに話すな」
「なんだよ、うるさいか?」
「いや……聞いてて楽しくなるくらいだ。そういう話を聞いているのも良いが、オレのことも出てくると、やっぱり嬉しくなる」
 雪は返答に困って、黙って1号の顔をまじまじと見てしまった。
「ちなみにあの時の雪の話は聞こえていた」
「聞こえて……マジか?」
「ああ」
「知ってたか……なんか今更だけど、ああー……」
 雪は少しだけ顔を赤くさせた。
「じゃぁ……その後の兄さんとの会話も……?」
「その後も」
「なんでそんなに覚えてんだよ……」
「他にも、シキのいない時にこっそりと甘いものを食べていたこととか」
「や、やめろっ」
 雪は思わず片腕で顔を覆う。
「いいじゃないか、とても幸せそうな顔だったぞ」
 そんな風に言葉を掛ける1号の表情も穏やかで優しかった。
 湖に向き直り、もう少し魚を寄せようと撒き餌をした。
「研究員以外の人間を間近で見ることは殆ど無かったんだ。ましてや子供なんて雪くらいだ、印象にも残る」
「わかった、研究所の話をした俺が悪かった。この話はもうやめだ」
 雪は会話をやめて、再び1号の立てる釣りの音だけが断続的に鳴っていた。
 しばらくの時間が経ち、バケツの中は釣った魚で満たされてきた。
 そろそろ終わりにする頃合いかと、雪は身を起こす。
「1号、おまえはさ……」
「なんだ?」
「何か良い思い出ってあるのか?」
 問い掛けてから、雪の視線は少しだけ下がった。
「子供の頃にか……そうだな、あれは子供の頃と言っていいのかわからないけれど、色々教えられたことが良かった。知りたいっていう欲求が満たされた。今だって役立ってるぞ、読み書きも人との会話も出来る」
「そう感じるか……それにしても当時は無理矢理やらされてるとか、不満に思わなかったのか?」
「どうだろうな、もう忘れた。それから雪と会ったことも良い思い出だ」
 先程1号が雪の子供時代を楽しげに語った様子から、冗談を言っているのではなさそうだと雪は感じた。その意図が気になってしまい、躊躇ったものの尋ねた。
「……どんなところが?」
「よく表情が変わって面白かったし、好奇心からだったんだろうが、話し掛けてきたり色々と食べさせてくれたりしたな」
 雪は唸りながら目頭を手でおさえた。
「あー……思い出しちまうじゃねえか……懐かしいけど恥ずかしいからやめろ」
「雪が聞いたんじゃないか」
 1号の声音には、今の雪も面白く微笑ましいというような響きが含まれていた。
「俺も若かったんだ……」
 幼い日の雪にとって1号は友達であり、玩具や動物のような存在でもあった。シキの説明をなかなか理解出来ず、相手をどのようなものとして捉えるか定まっていなかった。兄の真似をして、ほんのままごと程度だが生態観察や実験紛いのことをして遊んだこともあった。悪意からではなかったが、随分な扱いをしていたものだと雪は思う。それにしてもわざわざ名前を上げて言われる程の印象だったというのだろうか。
「まぁ……俺のことは置いとかせてもらうとして…………一緒に旅することにならなかったら、今そんな風に思ってねえだろ」
「それは……」
 1号は一瞬首を傾げたが、すぐに湖面に視線を戻した。
「そうかもしれないけれど、わからないな」
「…………他には?」
「他は……うーん…………すぐに思い付かない、あまり印象的なものは無いな」
「そうか……それくらいしか……」
 雪は1号の過去を思い目を閉じる。
「あの頃はいいとしても……その後は色々あったよな……」
「ああ……」
 1号が短く応え、それ以上は二人とも口に出さなかった。
 再び沈黙が流れ、1号にアタリも来ないままじわじわと時が過ぎる。
「過去には戻れねぇけどさ」
 雪の声に1号は振り返る。
「おまえはこれから良い思い出ってやつを作って……行けるといいな……」
「……雪もだぞ」
「俺か? いや、俺はもう……」
「人に言っておいて自分はしないというのはおかしい」
「……ちぇっ、偉そうに。一応検討してやるよ」
「オレは良いことはもうあった、仲間が出来た。今もある」
 雪はきょとんとして1号の表情を窺う。
「今こうして雪と話していられる、オレはうれしい」
「ばっ……ばか言うな……じゃなくて、いや……」
 赤くなり焦る雪の横で、1号にアタリが来た。ぐいっと力強く沈み込もうとする。1号は竿を握る手に力をこめて、緊張しつつリールを巻いていく。竿が大きくしなる。キリ、キリリ……と不規則に音が続き、突如竿が跳ね上がった。続いて先に何も付いていない糸が空を舞った。
 1号は糸の先を手繰り寄せて呟く。
「今日はここまでだな」
 雪はランタンで1号の手元を照らし、顔を近付けて覗き込んだ。
「持っていかれたな……まぁ今日は良く釣った方だろう」
 先程確認したけれど改めてと、雪はバケツを見下ろした。
「雪、オレンジ色だ」
 話題の繋がりがわからず、視線を上げる。
「何が?」
「髪の色」
「ああ……これのせいか」
 ランタンを軽く持ち上げて見せる。雪の髪が小さな炎の色に染まっていた。
「オレの髪はどうだ?」
「いつも通りだけど……」
 雪は灯りを1号の髪に近付ける。
「こうしてみるとオレンジだ」
「雪と同じ色か?」
「鏡が無いからわかんねえよ」
「鏡……あ、湖はどうだろう。雪、こっちに来てみてくれ」
 岸の際に膝をつき、身を乗りだして水面を覗き込む。
 1号は雪と肩を並べて二人の頭の間にランタンを持ち上げた。
「うーん、揺れて見えにくいな」
「でもだいたいの色は分かるぞ、……雪の方が少し明るくて黄色に近いか」
「まぁ若干の差だな、殆ど同じだろう」
「同じか……」
 1号は嬉しそうな表情を浮かべた。
「1号……今度はおまえの話を聞かせろよ。脱走していた頃のこととか」
 雪は水面に写る影に視線を落としたまま、1号の言葉を待つ。
「話したことが無かったな……機会があれば話そう」
 ゆっくりと身を起こし、雪は1号に向けて意思を籠めた声で言った。
「機会は”あれば”じゃない、作るんだ」
 雪の声に目を見張り、1号も顔を上げた。その表情はすぐに柔和なものになった。
「……それじゃぁ、また夜釣りをしよう、約束だ」
 返る言葉に雪は胸をつまらせた。
「ああ……」
 どうにかした返事はそっけないものだったが、心の内は満たされていた。
 二人は立ち上がり、来た時よりも増えた荷物を手にして帰りの道を歩き出した。

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